孤独な方が素晴らしいと言える3つの理由【孤独はむしろ幸せなこと】

生き方

みなさんは孤独ですか?

私は、実際に友達も少なく恋人もいませんので、傍からは孤独に見えるかもしれませんが幸せです。厳密に言えば、一歩ずつ幸せに近づいていると実感できるからそう思い込むようにしています。

 

私がこの記事を書いている最中に心臓発作で死んだとしても、悔いる事は何一つありません。それは、孤独という状況や心理をうまく操り、1日1日を少しでも大切に生きようとしているからです。

死の間際に悔いることが一切なくなる「孤独」って素晴らしいものではないでしょうか。それでは早速、【孤独な方が素晴らしいと言える3つの理由】をご紹介したいと思います。

 

そもそもなぜ人は孤独を感じるのか

孤独とはつまりひとりぼっちのことですね。

ひとりぼっちとは言え、友人がたくさんいる人、人口の多い都市部で暮らしている人でも孤独感じることがあります。

 

ところが、一見孤独そうな人でも本人に尋ねてみると、実は全く孤独を感じていないなんてこともよくあります。

人が孤独を感じるのは、考え方の違い、生まれ育った環境などの後天的な要因もありますが、本能的な部分によるところが大きいと思います。ここからは、かなり話が脱線するので興味のない方は読み飛ばしてください。

 

約700万年前のアフリカ熱帯雨林で、チンパンジーの祖先と別れた我々人類は、果実を主食として生きていました。しかし、インドがアジア大陸の南部に激突したことが原因でヒマラヤ山脈が隆起し、地球の気候を変えてしまったのです。

暖かく乾燥した大気が強い上昇気流に乗りアフリカ大陸に吹き降ろし、雨が少ない季節が生まれました。雨の減少は熱帯雨林を減らし、深刻な食糧不足に陥ります。

 

その後の約200万年前に絶滅を逃れるため劇的な進化を遂げた2種類の人類が生まれました。背が低くずんぐりとした体型の、パラントロプス・ロブストス。すらりとした体形でホモ・サピエンスに近いホモ・エルガステル。

パラントロプス・ロブストスの主食は1年中手に入る植物の根で、ホモ・エルガステルの主食は肉食でした。肉食と言っても、ハイエナやヒョウの食べ残し、つまり動物の死骸の僅かに残った肉、骨、髄などを食べていたようです。

 

この方法は直接獲物を狩るより安全で、簡単に獲物を得ることができる賢いやり方です。それに、この頃の人類はまだそれほど脳が発達しておらず、獲物を狩れる知恵がなかったとも言われております。

残念ながら植物の根ばかりを食べていた、パラントロプス・ロブストスは絶滅してしまいました。ホモ・エルガステルだけがなぜ生き残ったのかというと、肉食だったために脳が大きく発達したからです。

 

肉という高カロリーで質の高いものを食べて脳が巨大化したのです。やがて人類は、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人という我々の祖先に進化しました。

約3万年前に滅びたネアンデルタール人とホモ・サピエンスの決定的な違いは、コミュニケーション能力です。ネアンデルタール人やチンパンジーに共通しているのは、喉の長さがホモ・サピエンスに比べて短かったということです。

 

喉の長さが話す能力に影響を与え、複雑な言葉を巧みに操れるようになりました。道具やチンパンジーに毛が生えた程度の知恵を使っても、常に危険と隣り合わせの広大なサバンナで、肉食獣を相手に1人で生き残ることはできません。

人間と言えどサーベルタイガーの格好の獲物になるだけです。仲間を増やし集団生活をしながら、連係プレーで狩猟に行った方が効率的に狩りをできます。

 

サーベルタイガーイラスト

きじとら君
きじとら君

↑これに遭遇したら生きて帰れる気がしません……

 

そのように言葉をうまく操れるようになったことによって、狩りの計画を練り、失敗すれば反省会を開き、知識を共有し子孫に伝えていったことで今の私たちの生活があります。読み書きの能力は未来を予測する力でもありますからね。

結局、20種もの人類の中で生き残ったのは、コミュニケーション能力が発達した我々ホモ・サピエンスだけです。

 

要するに何が言いたかったのかというと、元々人類は、絶滅しないために集団生活をしていたので、孤独というものが本能的に危険な状態だと刷り込まれているということです。

だから、寂しくて悲しい気持ちになったり、不安になったりします。集団生活をせずとも生きていけるようになったのは、長い人類の歴史の中でごく最近の話なので孤独の耐性がない人が多いとも言えます。

 

現代社会は、一部の人以外狩りをすることもなければ農作物を育てることもしません。そんなことをしなくとも近所のコンビニに行けば食糧が手に入るわけです。

今後人類は、ますます孤独な社会を経験することになるでしょうね。行きつく先は、コミュニケーション能力の低下と自分1人では何もできない、あるいは何も作ることが出来ない生物として最も弱い、頭がでかいだけの2足歩行の猿……

 

そうなれば、やがて脳も退化して人類が滅びるかもしれません。でも孤独は別に悪いことばかりではないですよ。これからようやく本題に入りたいと思います。

 

時間を確保できる<孤独は自分の能力を上げる絶好のチャンス>

1人は寂しいから常に誰かと過ごしたいと思っている方もいると思います。その相手は家族、友人、恋人……人それぞれ違うでしょう。

でも孤独ということは、自分の時間を好きに使えるということでもあります。言い換えると誰にも左右されない自由な時間を過ごせ、煩わしい人間関係に悩むことも減るということです。

 

普通の生活をしている人だと9時から18時くらいまで職場または学校にいるわけです。当然、残業や部活でもっと帰りが遅くなることもあります。飲みに誘われることもあるでしょう。

その後、家事をしたり子供の面倒を見たりで、自分の時間なんてせいぜい早朝か寝る前ぐらいしかないですよね。そんな短時間ではやる気すら起きないし、やれることも限られているので自分が本当にしたいことは何もできません。

 

休日は休日で、普段できない家事や乗り気じゃなくても家族と行楽に出かけることもあるでしょう。中には仕事で疲れて1日中寝ているなんて人もいるかもしれません。

いずれにしても忙しすぎる現代人は、もっと孤独な時間が必要だと思います。時間を確保すれば、その空いた時間で自分の能力を上げることが可能です。

 

たとえば、前からやりたいと思っていたような習い事でもいいですし、読書や筋トレでもいいと思います。恋人がいるのは悪いことだとは全く思いませんが、確実に自分の時間は減るでしょう。

デート、lineでのやり取り、面倒くさい駆け引き……

こんなことを言う人間が増えたから、少子高齢化になるのでしょうね。

 

メンタルを鍛えられる<孤独から生まれる嫉妬心は最強の原動力>

孤独はメンタルが鍛えられますね。

何でかと言うと、現実から目を背けられないからです。大勢の人が集まるような商業施設で、楽しそうに買い物をする親子やイチャイチャしているカップルを見た時、自分が孤独な状況に置かれていれば、誰だって自分を哀れに思いますよね。

 

哀れむほどではなくても、人のいないところでため息をつくことぐらいは普通にあるのではないでしょうか。

まぁ要するに孤独を受け入れざるを得ないので、自然とメンタルが鍛えられていきます。

 

どんな孤独にも耐えられる強靭なメンタルができれば、嫉妬心を使って自分の原動力にすることも可能です。

たとえばあなたの友人が、とても美人またはイケメンの恋人とデートを楽しんでいる姿を目撃したとしたら「はぁ~自分はなんて不幸なんだ」と落胆するのではなく「あいつが楽しい思いをしている間にこっちはめちゃくちゃ勉強して見返してやろう」と思えば努力するための原動力を得られます。

 

私だけかもしれませんが嫉妬心は今までの経験上、最強クラスの原動力を生むことができます。しかしながら、これはやり方を間違えて成果が出ない場合、心が荒んでいくだけなので注意が必要ですが……

 

幸せになれる<孤独の時間は人生を後悔しないために必要なもの>

私は冒頭で、今死んでも後悔するようなことはないと言いましたが本当のことです。強がっているのではありません。

孤独というものを受け入れ、そして孤独を原動力に創造しているからです。まぁ創造というと少し大げさですね。

 

分かりやすい例を挙げると、このブログやYouTubeにアップするための動画制作等々。これは孤独な時間がないと絶対にできないことです。

何か作業をしていない時でも、断片的に浮かんでくる言葉や発想を整理して、世の中に放出しています。

 

よく、何かを創造するためにはボーっとする時間が必要だと言われております。まさに、その時間でものを生み出す準備をしているわけです。

ほとんどの芸術家は孤独を昇華させて、作品を作っていると思います。孤独がなければ、岡本太郎の「明日の神話」もショパンの「革命のエチュード」もこの世に存在しなかったでしょう。

 

幸福と創造は切っても切れない関係です。人間が生きている以上この世界に何か爪痕を残さないといけないと思う事は当然のこと。自分の作品を生み出すということは人間の生きがいなのです。

つまり、幸福に近づくには創造活動がものすごく重要で、それは孤独を昇華させることからしか成しえないことです。

 

だから私は、傍から見たら孤独でも自分は孤独とは感じておらず、少しでも幸せになりたいがために創造しながら生きています。ですのでその途中で死んでも一向に構いません。「やれることはやった!みんなありがとう」と静かにこの世を去ります。

 

最後に

孤独は、億万長者でもプレイボーイでも誰しもが経験し、逃れられないものです。だから、うまく対処して逆に孤独であることを楽しむくらいの感じでいいと思います。

「美人なあの子と付き合うことができたら」「豪邸を建てて毎日パーティーすることができたら」などという考えは捨てましょう。それで孤独が無くなるなんてことはないのです。むしろ街に行けば行くほど人と繋がればつながるほど孤独を感じやすくなります。

 

人類は森に帰るべきなのでしょうかね。

 

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