安売りはもう止めませんか?中小企業が生き残るには!【低価格の末路】

ビジネス

低価格って、それを買う側の消費者にはいいことですが、商品やサービスを製造または販売している企業の立場からすると、あまりいいことではありません。特に中小零細企業は厳しい状況に陥ります。

安さを追い求めると必然的に大きい企業しか生き残れないのです。まぁ寡占化が進むという事ですね。資本力のある大企業が中国の大きい工場なんかに大量発注すれば、その分コストが下がりますから低価格の商品を世の中に流通させられる訳ですけれども、必ずどこかの誰かが辛い思いをしています。

 

第二次産業革命(1900年前後)以降、大量生産・大量消費の時代が長い間続きましたが、もうこれからの時代にはそぐわないと思います。

今回は「安売りはもう止めませんか」というそんな内容です。

 

 

寡占化の問題点

冒頭で、低価格は消費者にメリットがあると言いましたが、実は最終的に消費者にも害があるんですね。分かりやすい例を挙げると、大手携帯キャリアです。これが寡占化が進んでいる状態で、大手はdocomo、au、Softbankの3社しかありません。

「ん?それが一体何の問題があるんだ!」と思われるかもしれませんが、毎月の料金を思い出してみてください。あなたが一般市民であるならばきっと高いと感じているはずです。

 

他の企業が参入できないことを良い事に、複雑で法外な料金設定を設けているのです。選択肢が数社しかなく、どこも似たような料金なので、消費者はそれらの企業のサービスを使わざるを得ません。もしかしたら、高いとも思わず「まぁこんなもんでしょ」って感じで、毎月毎月、恐ろしい額の携帯料金を支払っている方もいるかもしれません。

最近は格安シムのキャリアも増えてきたので、大手キャリアも渋々料金を下げ始めましたが……消費者にとってはいい傾向ですね。

 

具体的にどういうメカニズムでそうなるのかを紹介します。

 

逆に牛丼チェーンみたいに寡占化が進んだことで値段が下がったところもありますが、恐らく企業の経営陣しか良い思いはしていないでしょう。最近の飲食チェーンの従業員を見ていると納得がいきますね。

現場で働いている人がダメだと、お客さんも満足のいくサービスを受けられないので、まぁ寡占化というものは、結局のところ消費者にとってもあまりいいことではありません。

 

 

100円ショップの脅威

低価格を実現しようとすれば、自社で大量生産するか、他メーカーに大量発注して安く仕入れなければなりません。

100円ショップなんかを例に挙げると分かりやすいですが、ほぼ全ての商品が100円で売られていますよね。とにかく大量に仕入れて安く売るという薄利多売なので、商品を生産している中小メーカーなどはかなり厳しいと思います。

 

100均の中でも圧倒的な存在感を誇る「ダイソー」は、売上高4,548億円(2018年3月現在)で店舗数は国内外合わせて5,270店舗(2018年3月現在)です。

1店舗あたり、年間で約8,600万円売り上げているということになります。売上個数だと年間で86万個ですから、1日で約2,350個。1店舗でこれはすごいですよね。

これほどの規模になれば薄利多売でも十分利益が出ます。小売店はネット通販などの影響で厳しい状況の中、年々成長している100円ショップというビジネスモデルは、ある程度の規模があれば最強の商売かもしれません。

 

ちなみに、たかだか100円でどうやって儲けているのかというと、粗利益率の高い商品と低い商品を一緒に並べて販売することで、一定の利益が出せる手法(マージンミックス)をとっているため、常に30%前後の粗利益をキープできるからです。※100円ショップの商品原価率は平均70%前後

ダイソーの商品原価は1円~120円と言われているので、当然ながら仮に原価が10円のものなら儲かるし100円のものなら損をします。つまり、原価率が高い商品はその分品質を良くできますから、お客様満足度が上がり、客に「安い割に品質がいい」と思ってもらえます。さらに新商品を毎月800点以上開発していることで、客を飽きさせず何度も足を運ばせるのです。

 

みなさんも「こんなものまで100円なの!!」と驚かれたことがあるのではないでしょうか。

あと、正社員が少なくほとんどの店舗はパートかアルバイトで回しているので人件費も安く済み、100均というイメージだけでインパクトが強く、一定の集客が見込めるため広告宣伝費もあまりかかりません。100均のチラシとかバナー広告とか見ないですよね。ほぼ100円ですし載せる意味もさほどありません。

 

 

低価格の末路

しかし問題なのは、大手の100円ショップはその販売力を武器に、仕入れ先メーカに対しても強気の姿勢で有利に交渉できるため、製造メーカーによってはほとんど儲けがないような状態で取引している可能性があります。

ダイソーの場合だと99%が自社商品なのに自社工場は持っておらず倉庫しかありません。要するに中国の工場か国内の工場に作ってもらっているんですね。メーカーはOEM商品を製造しているわけですが、ダイソーが企画設計をすることは少ないようで、メーカー側がそれらを行い、いくつか商品を提案して交渉しています。

 

100円ショップと取引が決まると、ものすごい量の注文が来るので1個あたり数十円の利益だとしても、仕事が欲しいのです。だから、100円ショップに「もっと安くしてくれ」「もっと品質を良くしてくれ」と頼まれれば、薄利多売でも応じるしかありません。工場を遊ばせておくよりはマシですからね。

そんな状態だと工場で働いている従業員は低賃金で重労働を強いられます。薄利多売で、少し儲けが出ていてもそれは労働者に還元されることはなく、経営者、投資家などの一部の人の懐に入るだけでしょう。

 

また、そうやって安く大量に作られたものが全部誰かの手に渡り、もったいない精神で長く使ってくれればいいですが、安いものだと「まっ安いからいいか」とすぐに捨てられるのが関の山。そもそも全部売れるなんてこともありませんし、売れ残って劣化すればそれもまた処分されます。

これを言うと「リサイクルすればいいじゃん」と言われそうですが、リサイクルするのにも莫大な費用がかかるのです。

 

 

安すぎる陶磁器

陶磁器も100円で売ってますよね。ホームセンターや大手家具屋で売っている食器も高いもので500円くらいです。少量生産で焼き物を作っている立場の人間からすると、ありえない価格なんですね。「陶磁器メーカーはいったいどうやって利益出してんだろう」と思います。

まぁ利益が出ているからあの値段で作っているんでしょうけど……でも、ダイソーの平均原価率でいうと、たったの70円でしょ。「いやいや、無理無理」って感じです。作るものにもよりますが、原材料費だけでオーバーしますね。

 

安価な陶磁器を生産しているのは、主に美濃焼や瀬戸焼などの東海地方のメーカーで、大きい窯元が軒を連ねる大量生産型の産地です。美濃焼の原料不足は深刻で、埋蔵量はあるものの他産地から仕入れているのが現状。原料の埋蔵量は十分あるのに、なぜ不足しているのか。

それは原材料の単価が安いため、年々、粘土鉱山の閉山や原料製造業者の廃業が進んでいるからです。単価が安ければ儲からないし人も集まりません。つまり、陶磁器を安く売りすぎているという単純明快な理由です。美濃焼だけでなく瀬戸もまた然り。

 

焼き物以外の業界もそうですよ。大量生産・大量消費・大量廃棄による弊害は必ず起こります。限られた資源を大切に使い、地球に優しい経済活動をしなければなりません。

 

 

「安売りなんてしてたまるか」中小企業が生き残るには!

中小零細企業という弱い立場の者が生き残るには、絶対に値下げしないことです。値下げ=破滅と言っても大げさではありません。

原材料も安くてクソみたいな商品を作っているなら話は別ですよ。勝手に安売りして自滅すればいいです。あってはならないのは、品質の良いもので、生産している当事者も自信がある商品を、安く売ること。

 

自分たちが思う適正な価格で売ることが出来たなら、それだけでみんな幸せになれます。経営者も職人も消費者も。もし、自分が思う価格でどれだけ対策を講じても売れないのであれば、その時は身を引くしかありません。消費者が適正な価格だと思っていないか、そもそも世の中に必要とされていないものを作っているのかのどちらかです。

ほんとね、このままいくと日本には職人や技術者が1人もいなくなりますよ。なぜなら、収入が低く生活できない人が多いから。30年後には「かつて日本は技術立国であった……」みたいな見出しが出ていることでしょう。地域経済ひいては日本の経済を支える中小企業の職人がもっと称揚されて賃金も上がり、若者が職人を目指せるような環境になってほしいものです。

 

陶芸家「濱田庄司」の言葉

流し掛け(釉薬などを柄杓を使い流しかける技法)を得意とする、濱田庄司に対しそれを見た客が「あなたの器は短時間で作業が終わるのに何でこんなに高価なのか」という言葉を投げました。

それに対し濱田は「これは15秒プラス60年の仕事と見たらどうでしょう」と答えたそうです。何も知らない人が見たら15秒は15秒。しかし、その15秒という一瞬にも長い年月積み上げてきたものが凝縮されているのです。

「ピカソ」も似たような意味合いの言葉を残していますね。

 

 

最後に

私が一番言いたいことは、質のいいもの、あるいは社会の役に立っているものを作っている人が、正当な対価を受け取れるようになってほしいということです。

安いものにも需要があるので否定はしませんが、自分たちが苦しい思いをし環境を汚してまでも、安くする必要はないのではないでしょうか。